才能本位主義

日本の文化・学術各界には
多くの才能と熟達が今も尚、
多く潜在しています。
しかし、官民ともに、
既製のシステムの多くが、
そうした才能の発掘、
育成の為に機能し難くなり、
たこつぼ化や既得権益化が進んでいます。

文化サロンは、文化における
「才能本位主義」を高く掲げ直します。

パトロン文化の復活

我が国には昭和中期まで
芸術文化を支える資産家という構造
=パトロン文化が存在しました。
それが現在では見る影も無く、
文化人はスポンサー探しすら
出来ないのが現状です。
それは多くの才能ある文化人を疲弊させ、
生活に追われ、文化活動すら
出来ない者も少なくありません。
日本文化サロンでは文化人と資産家との
出会いの場を提供し、
文化人は資産家に対してのプレゼンの場を、
資産家には才能あふれる文化人を
提供することにより
パトロン文化の復活を図ります。

文化人支援

文化人の興行、個展、出版などの活動を支援し、
出資者には優良な投資、協賛の場を提供します。
これにより文化人は生活と活動が安定し、
出資者は文化的ステイタスと収入を得ることが出来ます。



【日本文化サロン 文化人支援第一弾企画】
石村利勝 詩集『ソナタ/ソナチネ』(幻冬舎)を出版しました

設立趣意

日本は内外ともに激動の只中にありますが、それに応じるべき文化人・知識人の共同体が、平成年間後期、急激に崩れ続けたまま、知的心棒、文化的なネットワークを欠いた状況が続いています。

個々の知識人、文化人、藝術家の努力、各分野それぞれの努力は重ねられていますが、分野を超えた人間的交流を通じた、文化共同体としての場が喪われ、折角の尊い各界の才能と努力が、豊かな水流をなすことなく、孤立と分断と苦境を強いられているやに見受けられます。

日本の文化的、知的水脈は、縄文時代より始まり、記紀萬葉に濫觴の輝きを記されて以来、様々に変容しながら、世界史上でも稀な一貫性と多様性の併存を示してまいりました。また、古代大陸文明、近代西洋文明の受容に端的に示されるように、受容と自己確立の周密な対話の歴史でもあります。

こうした豊饒な資産を受け継いで、私たちの今の知的営為、文化的営為は存在するのであって、我々は、この資産の責任ある管財人でありつつ、継承、発展者たらねばならない筈ではないでしょうか。

しかし、残念ながら、近年、グローバリズム、商業主義、イデオロギーの跳梁、日本自身の自己喪失が重なり、既成の文化的土壌の形骸化が進んでいます。又、昭和40年代までの文壇や画壇に端的に発現されていた生々しい文化意志にも衰えが見られ、政財官学メディア界にも生成しつつある生きた文化を発掘、育成するという発想が乏しいのが、我が国指導層の実情です。その上、近年は書物を軸にした教養形成に代わってテレビ、ネット情報、SNSなどによる、短絡的な思潮形成、性急で断片的な判断の激流に、文化全体が呑み込まれつつあります。

漱石山房、白樺、岩波茂雄在世中の岩波書店や菊池寛在世中の文藝春秋、小林秀雄、青山二郎らの「創元」、福田恆存、三島由紀夫らの「聲」、江藤淳、遠山一行らの「季刊藝術」など、分野を超えて伝統と現在とを繋ぎ、利権、虚栄心、虚名と無縁の、闊達で寛容な文化軸が存在した時代も遠い過去となりました。

沈黙、熟考、創造、対話への個々の知識人、藝術家らの誠実な努力も虚しく、喧噪の中に文化的営為の全体が呑み込まれつつあると言い換えてもよいかもしれません。

日本文化の由来古く高き山脈、一方で受容の柔軟さ、多様性への寛容さ、自由と大胆――若い世代が、こうしたありようを自らの血肉と化し、より高く新たな可能性へと飛翔する為に、何が必要か。

そのような可能性を充填し得る「場」として、私達は「日本文化サロン」を創設いたします。

真の才能や熟練、教養によって裏打ちされた権威ある表現拠点が、表現者、文化人を育て、それが受容層の質を上げるという「質の好循環」が不可欠です。「日本文化サロン」は文化界の有為な人材と、文化の価値を理解し、それを共に育ててゆく志ある各界の皆様を結ぶ「場」となる事で、そうした「質の好循環」を現代日本の文化状況に与える事を目指します。大方のご理解、ご賛同、ご支援を乞う次第であります。

代表発起人
 

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